東京高等裁判所 昭和40年(ネ)434号 判決 1966年7月13日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張および証拠の関係は、次に附加するもののほかは、原判決の事実の部に記載されているとおりである(ただし、原判決五枚目表四行目に「甲第一乃至十二号証」とある部分を「甲第一ないし第三号証、甲第四号証の一ないし九、甲第五ないし第一二号証」と、同七枚目表一三行目から七枚目裏一行目にかけて「同第三乃至九号証」とある部分を「甲第三号証、甲第四号証の一ないし九、甲第五ないし第九号証」と、同七枚目裏一行目から二行目にかけて「同第十乃至十二号証は各成立及び原本の存在を認めた。」とある部分を「甲第一〇、第一二号証の各原本の存在および成立を認めた。」と、それぞれ訂正する。)
一 被控訴代理人は、
「(一)本訴で請求する金員のうち二六万〇、三五六円は、被控訴人が訴外柄沢正市に対して支払つた元金一一〇万円に対する弁済期の翌日である昭和三二年一一月一日から昭和三七年七月二六日までの間の年五分の割合による遅延損害金である。
(二)本訴で請求する年五分の割合による法定利息金の起算日である昭和三七年九月四日は、本件抵当権設定登記が抹消された日である昭和三七年九月三日の翌日にあたる。
(三)柄沢正市に対する一一〇万円の借受金債務の債務者は、訴外西沢和臣と控訴人の内部関係においても、控訴人である。すなわち、西沢和臣は訴外深沢多喜治に対して負担していた一〇八万円の債務の弁済にあてるために、昭和三一年三月二四日、控訴人に対し、別紙第二目録記載の土地を代金二一八万円で売り渡し、即日、控訴人から代金の内金として一〇八万円の支払を受け、右金員をもつて深沢多喜治に対する債務を弁済した。ところで、控訴人は、右一〇八万円を訴外小林六一郎から借り受けて調達したのであるが、小林六一郎に右借金を弁済するため、控訴人主張のとおり、順次、訴外株式会社北陸銀行長野支店、訴外長野県信用組合から借り替えをし、最後に、昭和三一年一一月八日、柄沢正市から一一〇万円を借り受け、これを右信用組合に対する債務の弁済にあてた。そして、西沢和臣は、控訴人が柄沢正市から右金員を借り受けるにあたり、その債務を担保するため、柄沢正市との間で別紙第一目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に対する抵当権設定契約を締結した次第であつて、柄沢正市に対する一一〇万円の借受金債務の債務者は、名実ともに、控訴人にほかならない。
(四)被控訴人が本件抵当権の被担保債権一一〇万円の弁済期到来と同時に柄沢正市に弁済すれば、控訴人が被控訴人に支払うべき利息金債務は生じなかつたはずである旨の控訴人の主張は不当である。事実は、本件土地の前主であつた西沢和臣が、本件土地は抵当権の負担を受けているのではないと堅く信じて争つていたので、弁済をする時期が遅れたものである。」と述べた。
証拠(省略)
二 控訴代理人は、
「控訴人が、昭和三一年一一月八日、柄沢正市から一一〇万円を、弁済期昭和三二年一〇月三一日の約束で借り受けたことおよび西沢和臣が、同日、右借受金債務を担保するため、柄沢正市との間で本件土地に対する抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由したことは認める。しかし、控訴人と西沢和臣との間では、右借受金債務の債務者は西沢和臣であつて、控訴人ではないから、仮に被控訴人が西沢和臣から本件土地の譲渡を受け、被控訴人主張のとおり柄沢正市に対し弁済をしたとしても、控訴人に対しその求償を請求することはできない。」と述べた。
証拠(省略)
理由
一 控訴人が、昭和三一年一一月八日、訴外柄沢正市から一一〇万円を、弁済期昭和三二年一〇月三一日の約束で借り受けたことおよび被控訴人の夫である訴外西沢和臣が、同日、控訴人の右借受金債務を担保するため、柄沢正市との間で本件土地に対する抵当権設定契約を締結し、その旨の登記を経由したことは、当事者間に争いのない事実である。
二 控訴人は、控訴人と西沢和臣との間では、前記借受金債務の債務者は西沢和臣であつて、控訴人ではないと主張するが、右主張に添う原審における証人小林不可止および原審および当審における控訴本人の各供述部分は、後記認定に供した各証拠に照らして、信用することができず、他に右主張を肯認するに足りる証拠はない。かえつて、真正にできたことについて争いのない甲第三号証、甲第四号証の一ないし九、甲第八、第九、第一一号証、甲第一四ないし第一九号証、乙第一号証の二、三、乙第二号証、原本が存在し、真正にできたことについて争いのない甲第一〇、第一二号証に、原審における証人宮原一道、同柄沢正市、同小林不可止の各証言、原審および当審における証人西沢和臣の証言(原審は第一、二回)控訴本人尋問の結果を合わせ考えれば、次の事実を認めることができる。
西沢和臣は、昭和三一年三月当時、訴外深沢多喜治に対し一〇八万円の支払債務を負担し、本件土地(ただし、字住吉二八一八番三の田一〇歩を除く。)について抵当権を設定していたが、同年同月二五日の弁済期日が迫り、あるいは右抵当権を実行されて右土地を失うかもしれないと、その支払に苦慮した結果、同月二四日、控訴人との間で、別紙第二目録記載の土地を、代金は二一八万円とし、その支払方法は、契約成立と同時に一〇八万円を、所有権移転登記をするのと引き換えに残代金を支払うこととして売り渡す旨の売買契約を締結し、同日、控訴人から売買代金の内金として一〇八万円の支払を受け、昭和三一年三月中に、右金員をもつて、深沢多喜治に対する債務を弁済した。ところで、控訴人は、もともと、手許に金があつて、右土地を買い受けたのではなく、受一〇八万円も、知人の訴外小林不可止を介し、訴外小林六一郎から一〇〇万円を弁済期二カ月先の定めで借り受け、なお不足する分については、柄沢正市から一〇万円ないし一五万円を借り受けて、これを調達したものであつた。そして、控訴人が、右調達金の大部分を占める一〇〇万円について、右のとおり短期借入をしたのは、二カ月もすれば、買受土地を転売できるという見込をつけてのことであつたが、右土地のうち下河原三、八二九番の田五畝二八歩が払下手続未了のため国有地となつており、その所有権を直ちに移転することができず、ようやく昭和三一年一一月二日頃になつて、同年九月三〇日付の売買通知書が西沢和臣の許に到達したという事情があつて、この間、買受土地を一体として転売しようという控訴人のもくろみはおもうように運ばなかつた。そのため、控訴人は、小林不可止に対する返済を迫られ、訴外株式会社北陸銀行長野支店から融資を受けて、これを小林不可止に対する返済にあて、さらにその後、訴外長野県信用組合から融資を受けて、右訴外銀行に返済するというように、順次金員の借り替えをしてきた(控訴人が小林六一郎から金員を借り受けたことおよびそれ以後の借り替えの事実は、当事者間に争いがない。)。そして、最後に、控訴人は、右長野県信用組合に対する債務の弁済にあてるため、昭和三一年一一月八日、柄沢正市から一一〇万円を、弁済期昭和三二年一〇月三一日の約束で借り受けたが、その際、柄沢正市から担保の提供を求められたので、西沢和臣に担保の提供を依頼したところ、西沢和臣は、これを承諾し、右同日、柄沢正市との間で、控訴人の債務を担保するため、本件土地を目的として抵当権設定契約および農地法三条所定の知事の許可を停止条件とする代物弁済契約を締結し、抵当権設定登記および仮登記を了した(柄沢正市と控訴人間の一一〇万円の消費貸借契約、柄沢正市と西沢和臣との間の抵当権設定契約ができ、その抵当権設定登記がされた事実は当事者間に争いがないこと、前記のとおりである。)。
以上のように認められる。右に認定した事実によれば、右一一〇万円の借受金債務の債務者は、控訴人と西沢和臣間の内部的、実質的な関係においても、控訴人であつて、西沢和臣はいわゆる物上保証人としての地位にあつたものというべきである。
三 次に、昭和三五年一月一三日にいたり、西沢和臣と、被控訴人との間に本件土地の譲渡契約ができ、同日、被控訴人のため、同日付贈与を原因とする所有権移転登記が経由された事実は、当事者間に争いがない。控訴人は、右譲渡契約は、西沢和臣が債務を免かれるため被控訴人と相通じてした虚偽の意思表示であると主張するが、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。してみると、被控訴人は登記原因にあらわれた贈与に基づき本件土地の所有権を取得したものと認めるのが相当である。
ところで、これより先、控訴人が一一〇万円の借受金を弁済期日に支払わなかつたため、柄沢正市が抵当権実行のため本件土地の競売申立をしたことは当事者間に争いがなく、前記甲第四号証の一ないし九、真正にできたことについて争いがない甲第五、第六号証、原審および当審における証人西沢和臣の証言(原審は第一回)により真正にできたものと認められる甲第一、第二号証と、原審および当審における証人西沢和臣の証言(原審は第一、二回)と、本件弁論の全趣旨とを合わせ考えると、前記競売手続の進行中である昭和三七年七月二六日にいたり、被控訴人は、柄沢正市との間で、(1)控訴人の借受金の元金一一〇万円、(2)これに対する弁済期の翌日である昭和三二年一一月一日から昭和三七年七月二六日までの間の年五分の割合による遅延損害金二六〇、三五六円に、(3)競売手続費用および訴訟費用(被控訴人および西沢和臣と柄沢正市間の東京高等裁判所昭和三四年(ネ)第二一六四号、昭和三五年(ネ)第一五〇〇号事件の訴訟費用)を加えて、金額一六〇万円を被控訴人が柄沢正市に弁済する旨の契約を締結し、右契約ができた日に一〇〇万円を、昭和三七年八月二四日に五五万円をそれぞれ支払い、残りの五万円は、その頃、被控訴人が前記競売手続停止の仮処分申請にあたり供託した保証金を取り戻して、支払にあて、このようにして全額を完済したので、柄沢正市は、昭和三七年八月二七日競売申立を取り下げ、同年九月三日抵当権設定登記の抹消登記手続を了した事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
四 以上認定した本件の事実関係によれば、被控訴人は、控訴人に対し、(1)柄沢正市に弁済した控訴人の借受金元金一一〇万円、(2)同じく柄沢正市に弁済した右金員に対する昭和三二年一一月一日から昭和三七年七月二六日までの間の年五分の割合による遅滞損害金二六万〇、三五六円および(3)右(1)(2)の金員に対する本件抵当権設定登記が抹消された日の翌日である昭和三七年九月四日以降支払済みまで年五分の割合による法定利息金の求償権を有するものというべきである(被控訴人は、控訴人の借受金債務について本件土地に対する抵当権を設定した西沢和臣から、本件土地の譲渡を受けた者であるから、物上保証人そのものではない。しかし、債権者による抵当権実行の結果自己の有する不動産所有権を失うにいたる点において物上保証人に類似する地位にあるものとみられるから、自己の出捐をもつて債権者に対してした任意弁済の求償関係については、民法三七二条、三五一条の規定を準用するのが相当である。そして、その求償権の範囲については、当社物上保証を約諾した者に対する債務者の委託の有無に即して民法四五九条ないし四六二条の規定を準用すべきものと考える。本件において、西沢和臣が本件土地について抵当権を設定したのは控訴人の委託によるものであること前認定のとおりであるから、被控訴人は、民法四五九条および同条により準用される四四二条に依拠して、上記(1)ないし(3)の金額の求償権を有するのである。)。控訴人は、控訴人が求償義務を負うとしても法定利息金については控訴人に支払義務はないと抗争するが、該主張は、西沢和臣が控訴人の借受金債務をその弁済期到来と同時に支払う責務を有することを前提とするものであるところ、西沢和臣にそのような責務があると考えるべき事由についてはなんらの主張立証もないから、控訴人の主張はその前提を欠くものとして排斥をまぬがれない。
叙上説示したところによれば、前記(1)ないし(3)の金員の支払を求める被控訴人の本訴請求を認容した原判決は相当であり、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
別紙
第一目録
長野県更級郡上山田町大字上山田字住吉二、八一八番三
一、田 一〇歩
同所二、八一九番二
一、田 四畝一五歩 内畦畔二歩
同所同番三
一、田 三畝二六歩 内畦畔三歩
同大字字城野腰二、六三三番ロ号
一、畑 二五歩
同所二、六三六番一
一、畑 六畝二一歩
同所二、六三七番一
一、畑 五畝一歩
同所二、六三八番
一、畑 一畝六歩
同所二、六三九番
一、畑 二友八畝六歩
第二目録
長野県更級郡上山田町大字上山田字下河原三、八二五番ロ号ノ一
一、田 二五歩
同所同番ロ号ノ二
一、田 一畝二二歩
同所三、八二六番
一、田 三畝四歩
同所三、八二九番
一、田 五畝二八歩
同所三、二四五番
一、田 一一歩